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犬吠埼沖合での風力発電を東電が邪魔している説の論文より

犬吠埼の沖合で風力発電を行えば、東電の発電量全てがまかなえる、そしてそれを東電は世間に知られたくないという話がtwitterを中心に猛烈に広がっています。
 → Googleリアルタイム検索

これは本当でしょうか。
原子力で食べている人は多いので、それなりに影響力はあるとは思いますが。

ちょくちょく蹴茶を見に来てくださっている方は知っているかと思いますが、私自身は新エネ大好きな部類で、風力発電を貶めるつもりは毛頭ありません。ただ、さすがに無理筋な話のように思い、ちょっと元ネタの論文を見てみました。
 → メソスケールモデルと地理情報システムを利用した関東地方沿岸域における洋上風力エネルギー賦存量の評価 (PDF)

論文では1年間の風力の試算や水深の調査、設備の稼働率、漁業権や景観など社会的制約等々を加味し、様々なケースを想定した上で、風力発電のポテンシャルを調べています。

twitterで大流行の元ネタは要約とまとめに書かれているこの一文だと思われます。
元ネタ

これはどういったケースかというと、以下のピンクエリアに社会的制約、採算を考えずに建てられるだけの風車を建てて(おそらく3万本とか5万本とかそういう単位)、得られる理想的な総エネルギー量となります(実際はもっと少なくなる)。風車は浮体式も使います。
元ネタ

さすがにこのピンクを埋め尽くすと考えると「全ての電力を供給可能」と言う人は減るのでは。
論文ではより現実にあわせたシナリオを想定しています。

まず水深 500m以下を条件とし、自然公園や漁業権設定エリア、湾港、稼働率が低すぎるエリアを除いたシナリオが以下。色は設備稼働率を表しています。赤いほど稼働率が高い。
シナリオ
このシナリオで賦存量は約150TWh/y。東電2005年比で約52%相当です。
(稼働率25%以上のエリアに建てる場合)

次に、さらに景観に配慮し沿岸10kmまでを除いたケース。
なんで景観?と思われるかもしれませんが、丘に建てようが、沖に建てようが、風力発電には景観論争が付いて回ります。
シナリオ
このシナリオで賦存量は約108TWh/y。東電2005年比で約37%相当です。
(稼働率25%以上のエリアに建てる場合)

ここからさらに条件をつめて、稼働率30%以上、水深20~200m、沖合30kmまでとした場合の賦存量は39.32TWh/year。東電2005年比で約14%相当となります。論文ではこの海域を対象に計画を立てるのが妥当と締めています。

まとめ2

つまり東電1年分相当のシナリオはかなりSF的な話で、論文を書いた方も現実味のある話だとは考えていないと思われます。


■ 日本は地震も多いが台風も多い

さらに風力発電は台風の問題もあります。
原子力発電所の弱点が地震であるように、風力発電の弱点は台風です。言うまでもないですが、日本は地震も多いですが台風も多い。強すぎる風は発電できないどころか、風車を破壊してしまいます。

台風で壊れた風車。見事に根本から折れてます。
 → asahi.com:台風や雷に強い「日本型風力発電」を 技術基準を強化へ - 地球環境


■ もし風が止んだら?

大型台風も停電の危機ですが、単純に風が弱まる時の対策も規模が大きくなると大変です。
台風や風の弱い時に備えるバックアップの火力発電設備も相当なものとなります。
 → 『風力発電の低稼働率による石炭火力の需要増』

北は北海道、南は沖縄まで津々浦々に風力発電群を作り、超電導ケーブルで大動脈を作って、冗長性を持たせるぐらいまでしないと頼りにならないのでは。そこまでしても依然変動幅が大きそうな気がしますが...


■ 結局

これまでの日本は原子力発電ありきでしたので、新エネルギーが二の次になっていた面はありました。ただ、犬吠埼沖合の話を東電が無理矢理隠そうとしていると考えるのはちょっと無理があります。

福島原発をきっかけにエネルギー政策に興味を持った方は、やや太陽光発電や風力発電に期待しすぎのように思います。回収が大変な海底のメタンハイドレードもしかりです。

わかりやさゆえか、自然エネルギーが普及しない理由を「利権」1本に求めがちですが、それだとなぜ日本だけでなく欧米までもが原子力に回帰し、砂漠が広がりサンベルトに位置するUAEが太陽光(熱)発電所だけでなく、原子力発電所をも建てることを決めたのかの説明がつきません。
 → なぜスウェーデンは原子力政策を「転換」したのか?
 → UAE原発建設、韓国企業連合が受注 | Reuters

そのトレンドの背景には原子力発電の強みもまたあります。そこから目をそらし、利権で全部処分してしまうと盲目的な自然エネルギー教になってしまいます。脱原発は原子力発電の長所、自然エネルギーの短所をしっかり認めることからはじめないと変な方向へ突っ走ってしまいます。



■ ちなみに

犬吠埼の沖合に浮体式を使わず着床式の風車のみで、社会的制約、景観にも配慮したとすると、これだけのエリアしか建てられません。
浮体式無しのシナリオ

台風に耐えうる浮体式の開発が大変重要だというのがよくわかります。
 → 実験始まる洋上浮体風力 日本の海洋エネルギー期待の星か


※ 2011年4月4日追記更新


関連エントリー
 → 「千葉県の犬吠埼の沖合に風車をいっぱい建てたら東京電力の2005年の年間電力販売量にほぼ等しかった」のワナ « Kazzy65536の戯言

私的には河野議員の移行プランが良案に見えます。
 → 河野太郎議員『再生可能エネルギー100%を目指す』 : 蹴茶
 → 蹴茶: 阪大の電力・パワーエレクトロニクス研究者による電力考察 [3.31]
 → 大震災による東日本の電力不足に関する緊急提言 /公益社団法人 化学工学会