22
03

孫正義氏 1キロワット時40円で20年間固定買い取りを検証する

太陽光発電を強く推す孫正義氏の調達価格等算定委員会での発言。

委員会では、地方自治体と組んで太陽光発電所の建設を計画するソフトバンクの孫正義社長が「40円を下回った場合、自治体が要望した二百数十カ所のほとんどで事業を断念せざるをえない」と主張。期間は20年とすべきだとの考えも示した。太陽光発電協会(東京)は42円が必要だと指摘した。
 → 1キロワット時40円、期間20年間 太陽光買い取りで事業者要望 - SankeiBiz(サンケイビズ)



本当?と思ったのですが、本当らしい。

ヨーロッパが40円どころか40円から60円。20年どころか20年から25年。しかも最初の頃はこれが60円とかもっと大きな金額ですね。61円固定価格買い取り制度。65円に増やした。65円に増やしたぐらいからグアーっと伸びだしたということですね。60円とは言いません。もう少し技術革新がおきてコストダウンして、せめて40円20年。これがないとですね住宅の屋根に42円これがないと住宅の屋根で採算が合わない。従って作らない。
 → 【全文書き起こし】孫正義の決意!<東日本大震災、原発問題に立ち向かう>Part2 | 書き起こし.com


欧州を見習って40円/kWhで20年間固定と言っているのですが、ちょっと高すぎませんか。


ドイツの現状

太陽光発電の先進国であるドイツでは高い買い取り価格により「太陽光発電は儲かる」と世界中の商社が殺到。太陽光発電所は激増し現在は急ブレーキを踏んでいます。
 → 時事ドットコム:独政府、太陽光発電の固定買い取り支援をさらに削減
 → Germany unveils radical new FIT strategy: pv-magazine
 → ドイツ政府がFIT縮小の素案を発表 - 太陽電池に関するニュース記事

急ブレーキ=買い取り価格の改定です。
以下はドイツ版Wikipediaにまとめられた買い取り価格表です(参考)。
ドイツFIT 買い取り価格表
2012年4月1日からこのようになります。
 ・ 家庭向け 発電容量10kWまでの設備 19.5セントユーロ 約21.59円/kWh(8割買取)
 ・ 小規模 発電容量1000kWまでの設備 16.5セントユーロ 約18.27円/kWh(9割買取)
 ・ 中規模 発電容量10MWまでの設備 13.5セントユーロ 約14.95円/kWh(全量買取)
 ・ 大規模 発電容量10MWを超える設備 FIT対象外

10MW超の大規模発電所では

Plants over 10 MW can still be installed, said Röttgen, however, they will not be entitled to a FIT. In a further blow, those project developers that have already planned large-scale projects, only have until July 1 to bring their systems online. After this deadline, projects bigger than 10 MW will not receive a FIT.
 → Germany unveils radical new FIT strategy: pv-magazine


と、7月1日までに発電を開始すればFITの対象ですが、それ以降は対象外となります。

これから増やそうという日本はもうちょっと盛ってもいいかもしれません。
が、ドイツより平均日照量が2割多い日本で 40円 20年間は盛りすぎです。




太陽光発電コスト1 (BSW-Solar)

ドイツの連邦太陽光発電工業協会(BSW-Solar)の試算ではソーラーシステムのコストは以下のように落ちてきています。
 → Infografiken BSW-Solar - Bundesverband Solarwirtschaft e.V.

ソーラーシステムコスト
スマートグリッド:太陽光発電のコストダウンはどこまで可能か - @IT MONOist

これによれば2012年に1kWhあたりのコストは約27ユーロセント(約30円)となります。
これは家庭用での話ですから、大規模になればコストはさらに下がります(※)。

※ 各コンポーネントの耐久年数など詳細は不明。ドイツ版Wikipediaのコストでは“25年”が想定。
※ 規模とは別に、日照量の関係で日本はドイツより発電コストは低くなる



太陽光発電コスト2 (Solarbuzz)

もう1つ、小売市場調査会社NPDグループのSolarbuzzによるレポート。
 → Solar Electricity Prices | Solarbuzz

今年に入ってからもモジュール価格は下がり続けています(参考
太陽光発電コストグラフ

発電コスト表
太陽光発電コスト

発電容量 500kWの "Industrial" ケースでは直近で1kWhあたり15.15 USセント、約12.52円という数字が出ています。住居向けの半値近いコストです。試算には消費税は入っておらず、最安値ケースとのことなので実際はもう少し割高になると思われます。


ドイツ政府が補助金カットを前倒ししたのは以上のような市場動向ゆえです。
このような動向を孫さんが知らぬわけがなく「40円20年間」はふっかけすぎだと思います。



なぜ価格が下落したか?

テレビと似た構図ですが、ターンキーシステムなど太陽電池の生産ハードルが下がったことで台湾や中国のメーカーが一挙に参入。供給量が増えた一方で、欧州の経済危機による補助金の見直しにより需要は減少。結果、大暴落を起こしています。
 → 蹴茶: ターンキーシステムによる太陽光発電の価格下落 [2012.3.25]


安定供給

せめて高値で買うのであれば、安定供給が条件ではないでしょうか。
次図は早野龍五教授がまとめた浮島太陽光発電所の発電実績です(参考)。

浮島太陽光発電所

見ての通り日によってバラバラです。
「明日は曇りだから出力1/10」では他の発電所が振り回されることになります。

ランニングコストのかかるバックアップは人任せ、晴れの日だけ電力を売りっぱなしで許されるのであれば、資金さえあれば誰でも確実に儲けることができます。金持ちをさらに金持ちにさせるのがFITの目的ではないので、(40円で買うのなら)安定供給を義務づけるべきでしょう。

ぶっちゃけこういう話です。

バックアップとして確実なのは火力発電ですが、大型蓄電池、複数の太陽光発電所を繋ぐ、風力・潮力といった異種の発電所で補完する案など、色々提唱されています。手法はなんでもいいと思います。高値で買い取るならそういった安定供給を条件にすべきです。

(既存の電力会社が邪魔するといった話は買い取りコストとは別に議論すべき)


いまやることか?

そもそも論ですが、太陽光発電は将来的なコスト削減が見込まれており、今この時期に急いで大量導入するメリットはあまりありません。ドイツは先行することで産業振興を目論んでいましたが、ドイツの筆頭メーカーであったQセルズに身売り話が出る現状を見る限り失敗に終わったといっていいと思います。
 → 独QセルズCEO:良い相手いれば身売り反対せず-具体交渉ない - Bloomberg

※ 2012/04/03追記
Qセルズ破綻しました。地元企業が勝てる分野はおそらく規模が必要とされないニッチな分野か、地域密着がモノを言うマネジメント会社だろうと思います。
 → 独太陽電池大手が破綻 中国勢との価格競争で - 日本経済新聞

発電コスト参考

日本においても割高な日本製のソーラーパネルが使われるとは限りません。輸入障壁を設けることはできませんので、雇用対策としても疑問です(設置業者には恩恵があると思いますが)。
 → シャープ 片山社長『今、太陽電池で中国メーカーを敵にしたら“終わり”だ。』

いま、太陽光発電にお金を注ぎ込むのなら、むしろ当面は安価なガス発電でまかない、浮いたお金を復興なり、技術開発の補助金にするなりした方が良い結果をもたらすと思います。

発電コスト
国家戦略室 - 政策 - コスト等検証委員会)動画も公開中


孫さんの提案は言ってみれば

 欧州の失敗を日本で再現せよ

と言っているに等しく、私は反対です。

発電コストの下落が示す通り、太陽電池自体の将来性は有望です。
ただ、なにも多額の補助金を突っ込んでまで急ぐ必要はありません。
二酸化炭素削減を急ぐのであれば、旧式の火力発電機刷新を急ぐのが先でしょう。


参考
 → “超”高精度で被災地を支援 CTCの電力予測システム|ダイヤモンド・オンライン
 → 壊れたら直そう日記
 → 先人に学ぶ2 ~ドイツの挫折 太陽光発電の「全量」買取制度、廃止へ
 → ドイツの風力発電や太陽光発電の不安定さに隣国チェコが迷惑してる
 → 再生可能エネルギー買取法案・フィードインタリフの破綻|方谷先生に学ぶのブログ
 → 蹴茶: ドイツ、Qセルズ破綻とFITの大幅改訂 [2012.4.3]

 → 蹴茶: 太陽光42円 全量買い取り案 家庭の負担額はどうなるのか [2012.4.25]


2012/03/25 ターンキーシステムの補足を追記